養 老 健 康 百 話
第六話 うつ病
養老健康百話-6

          心の風邪から自殺まで うつ病

 ストレス社会の反映なのか、心の病であるうつ病が増えている。精神科や心療内科を訪れる患者の7割はうつ病だとも言われている。

 うつ病は気分が落ち込んで何もする気にならない病気である。今まで大好きで楽しくやっていた趣味のゴルフや囲碁などが少しも面白くなくなる、何を食べても砂を噛むようで美味しくない、極端に疲れ易い、寝付きが悪いのに早朝目が覚めてしまい眠れない、必要以上に自分を責める、気分が重く沈みこんでしまう、死にたくなる(自殺願望)などの症状が2週間以上も続くようだとうつ病の疑いがある。

 このような気分の落ち込みは誰にでも多少はあるので、年のせいだとか、そのうち治るだろうとか考えて、自分も周囲の人もうつ病とは気付かず病状を悪化させてしまうことも多い。また、頭痛、肩こり、便秘、下痢、胃痛、倦怠感などの身体症状が表面に出て、背後にあるうつ病(仮面うつ病)が見逃されることもある。

 この病気は適切に治療すれば治り易く、誰でも罹る心の風邪のようなものだが、気付かずに放置すると自殺という最悪の結果を招くこともある。さらに、うつ状態が長く続くと全身の免疫機能が低下し、ガンなどの怖い病気に罹り易くなる。

頑張り屋の真面目人間が危ない

 うつ病の多くは何らかのストレスがきっかけとなって発症する。配偶者との死別、離婚、失恋、子供の巣立ちなどの喪失体験、家族間の不和、職場での人間関係のトラブルなどが発症の大きなきっかけとなる。また、定年退職、引越し、転職などの環境の変化もストレスを引き起こす。他人から見れば喜ばしいことで、ストレスになる筈のないような昇進、結婚、出産、進学、就職などがうつ病のきっかけになることもある。本人にしてみれば、周囲の期待に応えて頑張らねば、うまくやらねばと気張り過ぎて、かえってそれが心の負担になってしまうようだ。

 しかし、同じような環境変化があり、多少のストレスがあっても、大部分の人々はうつ病にはならない。どうやら、うつ病に罹り易い性格があるようだ。几帳面で真面目、神経質でこだわりが強く、何でも一人で頑張ってしまうような人がうつ病になり易いと言われる。こういう人は完璧主義で何事もいい加減に済ますことが出来ず、一人で責任を背負い込み、過労で心身共に限界なのに、なお自らを鞭打つて頑張ってしまうのである。

治療の基本は抗うつ剤と休養と心理療法

 うつ病の治療は薬物療法、休養、心理療法の三本建てで行われる。うつ病は我々の感情や思考を司る脳の神経機能の変調が原因で起こる。脳の神経細胞は互いに細胞の突起を伸ばし合って情報伝達のネットワークを形成している。神経細胞間の情報伝達は神経伝達物質によって行われるが、何らかの原因でこの伝達物質が少なくなるとうつ病になる。そこで、神経伝達物質の量を増やす抗うつ剤が用いられる。

 抗うつ剤は沈み込んだ気分を晴らし、意欲や興味を喚起し、不安を和らげ、倦怠感や頭痛などの身体症状を改善する働きを持っている。医師は薬の効き方や副作用の出方を観察しながら、薬の量を調節したり、別の薬に変えたりしてゆく。

 抗うつ剤には服用の初期に吐き気、下痢、便秘などの胃腸障害が副作用として起きることもあるが、大抵は一過性で1週間ほどで軽快する。副作用を嫌って抗うつ剤の服用を止めてしまう人もいるが、この薬は二三週間は飲み続けないと効果が現れないので、勝手に服用を止めてしまうのはよくない。いずれにせよ、薬の効き方や副作用は人によって異なるので、医師と相談しながら相性のよい薬を見付けることが大切である。

 薬物療法と並んで重要なのは休養である。頑張り過ぎなどで自分自身を追い詰め、身も心も疲れきった結果の病気なので、ストレスの原因になった仕事や人間関係から離れ、ゆっくりと休養をとることが肝要である。口うるさい配偶者のいる家庭や仕事から隔離するために入院治療が勧められることもある。

 うつ病の人にたいし「頑張れ」とか「しっかりして」などの激励は有害である。もともと頑張り過ぎて病気になったのだから、このような励ましの言葉は傷口に塩を擦り込むようなものである。

 うつ病は治り易いが、反面再発し易い病気でもある。再発防止のためには薬の服用と並び心理療法が有効である。うつ病患者は悲観的、否定的、独断的なマイナス思考に陥っていることが多い。このようなマイナス思考をする心の癖を変えて行かないと、将来同じようなストレスに曝された時にまたうつ病になってしまう危険性がある。心理療法は一人ではできないし、相性もあるので、かかっている専門医またはカウンセラーに相談してみるとよい。                 NHK「きょうの健康」03/12より